風俗は必要悪なのか?

前回の風俗コラムで、「ソープ合法化の議論はなぜ起きない?」というタイトルの記事を書きました。その記事を書くに当たって、ネット上の「売春の合法化」の是非を巡る一般の人々の議論をいろいろと見てきました。

「売春の合法化」に反対する意見がおもしろかったので、今回は「売春を嫌悪する人たちの思考」について、話したいと思います。

書き終えてからの感想なんですが、「売春」という言葉を連呼して疲れました。この言葉は、想像以上に直接的でドギツイ言葉のようです。この記事では「売春」も「風俗」もほとんど同じ意味で使っています。それと、もう少し長く書こうとしたのですが、書くのに疲れたのと、記事が長くなりすぎたので、いつか別の機会に書きたいと思います。

古代ギリシャの売春婦。売春に関する制度が確立されていたそうです。

売春や風俗は必要悪なのか?

数ある意見の中で最も気になった意見は、「売春(もしくは風俗)は必要悪」とする意見です。この表現は、売春の合法化に賛成派にも、反対派にもありました。私はこの「必要」という表現にかなりの違和感を感じています。

売春や風俗は必要悪なのでしょうか? 病気が拡散するから?では、風俗とは無関係の人たちの間で行われるコンドームを使わないセックスやオーラルセックスも「悪」と言えます。でも、それらを「必要悪」と呼ぶ人はいません。

反社会的な組織にお金が回るから?しかし、それは売春や風俗の本質でしょうか?例えば、海外では個人事業としての売春が認められている地域があって、その「個人事業主」は、何ら組織を通さずに利益を得ています。つまり、売春が必ず黒い組織への資金流出を伴うわけではないのです。

女性が本人の意思で、職業としてお金を受け取って性的なサービスを提供する、これ自体に「悪」と呼ぶべき要素があるとは私には思えません。母親、妻、娘等が風俗の仕事をしていると発覚したときに、その家族を悲しい気持ちにさせるという点は、風俗の負の側面だと思いますが、それも風俗の専売特許ではありません。

たとえそれが人には言えない仕事であったり、一生続けられるものではないにしても、風俗で働くことは数ある職業のひとつとして捉えてもいいではないでしょうか?

先進国にあるまじきこと?

「売春の合法化」の是非を巡っては、少なくともネット上では賛成派が圧倒的多数を占めているようです。「売春 合法化」で検索する人は、もともと賛成派が多いという背景もあるかもしれませんが。

反対意見には情緒的、非合理的としか思えない意見が多くありました。とりわけ目に付いたのが、「売春の合法化なんて先進国のすることじゃない」「売春の合法化は女性蔑視」「生理的にムリ」というものです。

彼らは「売春」と聞くと、路上にド派手な娼婦が列をなして車に手を振っている姿や、汚いアパートで10人くらいの女性が怖いおにーさんの監視のもと共同生活をさせられている姿が思い浮かべるのかもしれません。

「売春を認めるなんて先進国(定義は不明)のすることではない」という意見は、反対派の中では少なくありません。売春を認めることと、先進国であることが何故対立するのか、どなたか納得ができる説明はできますか?むしろ、歴史的に選挙権の枠が徐々に広がったように、発達した社会ではより平等な権利が広く与えられるものです。

そもそも「先進国(=G8参加国?)」という表現に時代錯誤を感じました。どういう人たちが「売春≠先進国の産業」という考えを持つのでしょう?彼ら・彼女らが「先進国」の義務教育を修了した人たちでないことを祈っています。

売春を認めることは女性蔑視になるのか?

女をお金で買うなんて、女性蔑視だと思わないのですか? ということなんでしょう。しかし、本人の自由な意思に基づいて就いた仕事であれば、その権利は認めるべきではないでしょうか。「売春を認める=女性蔑視」という意見には、「売春」「体を売る」「女を買う」という言葉に対する嫌悪が背景にあると思います。でも、「女を買う」の実態は、金銭を支払って、その対価として時間限定の性的なサービスを受けるに過ぎません。人権まで買うわけではありません。

ある国で売春が認められるということは、そこに従事する人々を守ることにもつながります。認められていないものが、守られるはずもありません。「女性蔑視」と言う人たちは、自由な意思で売春をする人たち、風俗で働く人たちの権利について本当に配慮しているんですかね?

売春は人類普遍のビジネス/文化

反対意見の方には残念な事実ですが、そうなんです。「売春は世界最古の職業」ってよく言われますよね。最古かどうかはともかく、めちゃくちゃ昔からあるのは古代の遺跡から確認されています。

そして、1980年代に行われた調査らしいんですが、世界150の社会で売春の文化が存在する地域は138もあるという報告もあります(出典:竹内久美子著「あなたの知らない精子競争」、残念ながら一次資料は不明)。イスラム教国でさえ、売春の存在する国、あるいは政府が売春を認めている国はあります。 つまり、縦(歴史)も横(世界)も売春だらけなんです。

社会の発達にあわせて、奴隷制度、残酷な死刑、魔女狩り、法律による階級制度等はなくなっている、もしくは減っているのに、売春はなくならず、高度化、多様化しているのが現代の姿です。

まとめにかえて

いかがでしたか?「売春」「風俗」に対する見方は変わりましたか? 私は、「売春」という言葉が持つイメージ良くない、とも思っています。

私は月に何人もソープ店で働く女性に会うわけですが、彼女達からは「売春」という言葉の持つ負のイメージは感じません。「サービスを提供する人たち」というイメージです。マッサージやエステに近いと言えばいいのでしょうか。

言葉の問題に過ぎませんが、悲しいかな、実態は変わらなくても、時として呼称が大勢の人々の考えを左右するのも事実です。 そういうわけで、売春や風俗は必要悪というよりも、社会を構成する要素のひとつ、の方がしっくりくるように私は思うわけです。

8 件のコメント

  • OKMさん
    すべての女性ではないですが、必要としている女性もたくさんいると思います。
    シングルマザーやら、お金や奨学金を返さないといけない方やら、ブランド物がどうしても欲しい方やら、etc。
    実は、書き足りなかった部分は、その辺りをテーマにしています。

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